2025.05.01

がんの言い分を聴く「Cancer was an Epiphany(がんは啓示だった)」

船戸 崇史

 チャプター1,腎がんの再発を分けたもの
 チャプター2,間違った信念からの脱却法

チャプター1,腎がんの再発を分けたもの
 さて、ここ4回くらいにわたって「がんを先制(予防)する」というテーマでお話してきました。それをさらに「初発の先制」「再発の先制」「進行の先制」そして「死の恐怖の先制」の4つに分けてそれぞれについて私の見解を述べてきました。
この4つの先制を通して最も重要な項目はやはり「がんの言い分を聴く」と言う事に尽きると再認識させられました。
 実はこの通信の読者は良くご存じの通り、何を隠そう私(船戸)自身ががんサバイバーです。2008 年 に左腎臓がんで摘出術を経験しました。腫瘍径は6㎝でもステージは1bでした。オペ後、今年で17年目になりますが、「腎臓がんは術後20年たっても再発があるので注意してね」と当時の主治医から言われた言葉がまだ昨日の様で毎年CTなど健診は行っております。

同級生の腎がん患者
実は一昨年こんなゲストさんが結構焦ってリボーン洞戸を訪問されました。なんと私と全く同い年の埼玉の会社社長のAさんですが、同じ腎がんで何と同じ年に腎臓摘出術も受けていたんですね。ただAさんは右の腎がんステージ1a で、私が左腎がんステージ1bですから、私の方が少し悪い?(進行している)という人でした。一昨年というとオペ後15年たった時ですよ。なぜ急遽このAさんが焦ってこられたのか?実は、その年の初めになって咳が出る、頭皮にしこりが急に出てきたと言う事で、病院(Aさんが最初にオペしたところ)を受診して精査の結果、なんと「腎がんの再発」と言われたのです。頭皮の腫瘍からも肺からも腎臓がんの細胞が見つかったんですね。
 オペ後15年してからですよ。これはショックですよね。
 実はAさんは、オペ時に「ステージ1a で勿論転移もないし切り取れていますから大丈夫です。腎がんは抗がん剤も放射線も効かないけど、ステージも1なのでいりません」と言われました。Aさんは「何か予防はありますか?」と当時の主治医に聞いたところ、「何もありません」の返事。「食事や運動やほかに気を付けることは?」とお聞きしましたが、「全く関係ないでしょう。どうぞ、元の生活に戻って頂いていいですよ。がんは切って取りましたから、大丈夫です」と言われたとのことでした。
 そうなんですね、実は私自身も腎がんでオペした時に、当時の主治医に同じ質問をしたんですね。私への回答は「化学療法や放射線治療は腎がんには効かないので必要ないし、最近分子標的薬(ネクサバール)が出たけど、まだ使うほどではないから、いらないでしょう」だったんですね。「食事や睡眠などは私は無頓着だったので気を付けようと思いますが、関係ありませんか?」の質問に「ああ、全く関係ないでしょう。もうクリニックへ戻ってすぐ仕事を始めていいですよ。がんは取ったからもう大丈夫です」と言われましたから。
 そうなんです、Aさんと私は若干のステージと左右差はあったものの、同じ年齢で同じ時期に同じオペを受け、15年後にAさんは再発と診断されました。一気にステージ4です。因み
に、腎臓がんでのステージ1は早期と言われ、5年生存率は95%以上です。Aさんも私も最初はそうでした。しかし、今回Aさんは遠隔転移により一気にステージ4(5年生存率は
14%程度)と言われたのです。それは焦りますよね。その後抗がん剤治療を受けておられますが、今後の治療法や生き方についてのご相談で急遽リボーン訪問となられたと言う訳です。
 しかし、考えてみれば、じゃあこの15年という間、一体このがん細胞はどこにいたんでしょうか?切除時にがん細胞は切り取られ残ったもう片方の腎臓は正常です。この15年間、身体のどこかで息をひそめて生きていた(休眠?)ことになります。(最近では、がん細胞の休眠、がん幹細胞の生存、全身の免疫系低下により出現などあるも、まだ正確には分かっていません。特に腎がんは実際の症例報告も散見されます)

なぜAさんは再発したのか?
 なぜAさんは再発したのでしょう。
 それは、私が思うに極論ですがAさんは「まじめに医師の言う事を聞いた」という事です。「もう大丈夫、治りましたから、元の社長業に戻って良い」と言われれば誰もが安心して仕事に復帰されますよね。現場も待ってますから。そして、バリバリと元の仕事に戻られたのでした。私の考えからすれば、そもそもその結果がんが登場したのにです。何と再びA社長はこの生活パターンへと戻って行かれたのです。今回の再発は果たしてその結果かどうかは分かりませんが、「体は間違いを起こさない」という鉄則からすれば、少なからず以前の生活習慣や思考習慣含めて発がんに寄与していたと思われます。今回オペ後に、医師から「治った、もう大丈夫」と太鼓判を押されれば、以前の習慣へと戻り、それが今回のがん再発との関係性は大きいと私は思っています。

私は生き方を変えた
 一方私はどうしたかと言うと、勿論主治医からは「大丈夫、すぐ仕事復帰も可能」と言われました。「がんと生活習慣など関係ない」とも言われましたが、一言で言えば、私は「信じなかった」ということです。ただ、Aさんは信じたからこそ、以前の生活という雛形があり、そこへ戻れば良いのですが、信じなかった私は生き方の見直しを必要としました。
 この当時、まだ五か条にまとまっていなかったですが、私の中ではやはりがんは結果であってがんを登場させる生き方があったはず。そこで1つずつ自分の生き方のチェックを始めることにしました。有難いことに時間はありましたから。
 さてがんの原因を考えたときに間違いないことは、睡眠不足(いつも午前様・・その日のうちに寝ない)と、ぞんざいな食事(妻は良いものを作るのですが、それだけではすみませんから)で冷たく甘い飲料大好きでお風呂は行水程度、運動なしでしたから、現在の五か条から見ればバリバリの失格者、つまり大いに発がんパターンの生き方だったんですね。だからこそ、オペ後は、この生き方を反省し、主治医は関係ないと言われましたが、私は信じず、独自の健康法を行いました。
 まず実家に戻り療養することにしました。実家は岐阜県関市洞戸という片田舎なので、気持ちのいい空気を吸いながらいっぱい散歩もし、本当にいつぶりだろうと思えるほどゆっくり眠りました。食事はかみさんが薬膳を中心に徹底し、特に減塩食は辛かった~でもそのお陰で18㎏も体重が減りました(これは無駄肉?でもご安心ください、今は戻りましたから)。何もしない一日は長いだろうなと思いきや、あっと言う間に時間が過ぎていく。きっと私がいなければクリニックは回らないから、療養中は電話はしないでね~と言ってあるものの、きっといっぱい入ってくるだろうな?と思いきや、何と見事に一本も電話なしでした。「これって俺~いらないってこと?」と「自分がいなくちゃ」と頑張っていたのは独りよがりだった可能性がありました。しかしこれが出来たのも、かみさんはじめクリニックの医師やスタッフたちが協力くださったお陰でした。もう感謝しかありません。

私の心の中で起こっていた変化、心の呪文
ただこの療養中に、私の心の中では音もなくある変化が起こっていました。それは、今回の「がん」と診断されてから一連の禊(身削ぎ)は行っていただけたものの、実は心が全くついて行っていなかったのです。どういうことか?まず、自分には信念がありました。信念と言うか間違った思い込みです。それは「俺はがんにはならない」という思い込みであり、あたかも呪文のようでした。何の根拠もないのに自信があったんです。不思議ですが。しかし、これは私ががんと診断され、画像を見て、摘出された腎臓と腫瘍を見ることで、納得せざるを得ませんでした。「俺はがんにはならない」は間違いだった。さらに「お前の信念とやらは所詮そんなもんだ」という言葉もくっついてきたのです。これは痛かった。なぜなら私が患者さんに「大丈夫」と言ってきたその言葉も「私の信念もどき?」に出所があったからでした。そこで、私の心の何処にこの信念があったのかを探索したのです。ありました。その根拠のない信念(思い込み)という場所はジョハリの窓でいう「未知の
窓(自分も他人も知られていない自己=概ね潜在意識)」にあったのです。


(図1)ジョハリの窓 Johari windowサンフランシスコ州立大学の心理学者ジョセフ・ルフト (Joseph Luft) とハリ・インガム(Harry Ingham) が発表した「対人関係における気づきのグラフモデル」を後に「ジョハリの窓」と呼ぶようになった(Wikipedia)。

迷子の自分
 これは、一か月の実家療養が終わっていよいよクリニックへ戻り外来診療の再開という時に表面化したのです。
 まず18㎏も痩せて見栄えはどう見ても病み上がり・・患者さんは優しくねぎらってくれます。「ああ、死にかけてるって聞いたけど、元気そうじゃん!」とか「お、少し痩せてその方が健康的だわ!」とか、皆さん本当に思いやりがあるのですが、私は笑えない、相槌が打てない、何よりその患者さんに「大丈夫」が言えない。なんと今まで愛想よく笑い頷き励ましていた自分の心の中のエリアと「俺はがんにはならない」というエリアが同じだったんですね。つまりジョハリの窓で言う「未知の窓」の中。がんになった私は「がんにはならない」を否定されたと同時に、自分の中の思考、行動すべてが否定されてしまったのです。全く自信喪失した私は、診療が出来なくなってしまいました。それまで月一回行っていた朝礼で職員の前で所信を話すのですが、そんなことできるはずがありません。
 まさに迷子になった猫の気分でした。

迷子からの脱却「それは本当か?」
 そこからどうやって脱却できたのか?
 私の中の呪文を書き換えたのです。新しい呪文。「それは本当か?」です。
 私たちは毎日が選択の連続です。伸るか反るか、右か左か、上か下か、YESかNOか・・この選ぶ自分の気持ちにいちいち「それは本当か?」と確認するようにしたのです。自分の心の中から湧いてくるような気持にも「それは本当か?」・・そして、決めるのは感性と思考の2つの合意です。OK と思っても一度は「それは本当か?」と確認をするのです。時には「それはしたい事か?」「それで皆幸せか?」を重ねて考えるときもありました。これは地道な作業でした。誰からも見えない新しい自分づくりでした。
 だから、最初のころは全く自信がなく人に会うのが怖かった。
 しかし、毎日の出来事はほぼ同じでした。これは幸いしました。「それは本当か?」の確認作業が進むにつれ、新しい自分の生き方(反応パターン)が出来て、徐々に馴染んでいったのです。少々時間がかかりましたが、こうして私は気が付いた時には新しい自分の生き方になっていたと感じています。
 これは傍から見ても結果として見えてきたようです。オペ後数か月した時に、妻(博子先生)が私にこう言ったのです。「あなた、手術してからますます頑固になったね」って。私はこう言い返しました。「ああ、私はもともと頑固なのよ。でも前まであれでも我慢してたんだ。もうね、それを止めたの」と。この妻からの評価は私の生き方転換が順調だという事だと私は嬉しかったですね。
 さて、Aさんと私を分けたもの(今のところ)、それは一言で言うとがんの言い分を聴いたか否かではないか?どちらが良い悪いではない。両方ともその人の選択。(ですから、A さんの様に医者の言う事」を聞かなくていいという事ではありませんからご注意を)でも私はもしがんに言い分があるとしたら、それは訊いてあげるのも1つじゃないかと思っています。折角、あなたにそのがんは登場したのだから。出来事は全て必然という視点からは当然かもしれません。勿論私自身、がんの言い分のすべてが分かった訳ではない。なので、いまでも私の新しい呪文は続いています。

 実は、この経験を過日別の雑誌にまとめて投稿しましたから、この先は以下に掲載しますね。ちょっと切り口が違いますが、この脱却法は極めて有効だと思いますから、皆様もよろしかったらご参考にしてくださいませね。(チャプター2へ)

 さて、長々とオペ後の私の体と心の経過を述べてきましたが、ふと気が付くともう17年が過ぎています。(「がんが消えていく生き方」執筆時は13年でしたが)思えば、オペ後は再発の不安もありました。実は未だに、左の腰の痛みや咳があれば、再発か?って思い ま す。( 腎がん転移先は肺(50~60%)>骨(30~40%)>リンパ節(20~30%)>肝臓(20%)しかし、基本的に「五か条をしっかり自分なりの実践を行えば、免疫が落ちることはない」、「体は治るようになっている」を信じて、しかし体の声を聴きながら生活しています。
 そして、何とこの同じ「未知の窓」に私がなぜ生まれてきたのか?何をしたいのか?自分の「志」とは?という情報まであることが分かってきたのです。このことは次回の通信でお話さ
せてくださいね。

***********************************

チャプター2,間違った信念からの脱却法
(「統合医療でがんに克つ」Vol.203 p36~37 連載文より)
 さて今一度、間違った信念とは何か?を簡単に説明すると「客観的な事実や論理に反しているにもかかわらず、本人が強く信じ込んでいる考えのこと」だと言われていますね。そして、怖いことは、この根拠のない思い込みは知らぬうちに自分の人生を支配する呪文となる事なんですね。そして「当たり前」という信念となって定着していることが多いと言われています。

間違った呪文の言葉
 私も腎臓がんのサバイバーですが、私の中にあった呪文の言葉とは「俺ががんになるはずはない」でした。あまりにも当たり前の気持ちでしたから、この呪文に気が付くのは簡単ではありませんでした。そしてこの間違った信念に気が付いていく過程が、実は同時にそこからの脱却の過程でもあったと思いますので、今回はそれをご紹介したく思います。
 その過程として大事なことは3つありました。
 間違った信念からの脱却法(がんの場合)
 1)プロセス1,間違った信念に気づく
 2)プロセス2,脱却の象徴は禊(身削ぎ)
 3)プロセス3,正しい信念の構築

プロセス1,間違った信念に気付く
 1つ目は気付きです。まさかあるはずなんかないと思っていた「がん」があった事を発見し認めるというプロセスです。現代、物質的にがんを発見する技術は進歩し、エコー・CT・MRI など画像は容赦なく瞬時にその形を発見してくれます。実は私の腎臓がんも、担当の検診医から私のCT画像を指さして「船戸さんね、左の腎臓に6㎝の腫瘍あるよ。まあ腎細胞がんでしょう」で告知終了でしたから。私の脳のレベルでは認めざるを得ません。これこそ、一目瞭然です。しかし、私の心が認めないのです。「そんなはずはない。何かの間違いだ。俺はがんにはならない」ここに私の間違った信念が出てきたのです。「俺はがんにはならない」という呪文。一体私の心のどこにあったんでしょうか?
 当時は混乱し気が付きもしませんでしたが、今では以下のように考察しています。これをジョハリの窓(図1)で考えてみました。私の考察では、凡そがんの原因は「悪」ではなく「無理」です。そして自分自身も他人も認めている(開放の窓)無理もあれば、自分だけが「このままではまずい」と認識している(秘密の窓)無理、そして他人だけに見えている「あのままではがんになるよ」と言われても継続しなくてはならない(盲点の窓)無理もあるでしょう。でも最も気が付きにくい次元はやはり、他人も自身も気が付けない未知の窓です。これらの「無理」な生き方の結果、最終的に免疫力が低下してがんが出てくると言えますね。私の場合、知らぬ間に呪文のようになっていた「俺はがんにはならない」という信念、これこそジョハリの窓の「未知の窓」にあったことに気が付けたことが「脱却」の第一歩だったと思っています。さらにそれは図らずもCT画像のお陰だとも言えるんですね。画像がなかったら、症状はなく気が付きようがなかったのですから。正直申し上げて、未だにこの未知の窓のどこにあるのか不明です。しかし、この気付きは同時に、あれだけ私が患者さんに話してきた「がんになる生き方」を自分自身がしていたことを認める事になった訳です。これが画像の持つ説得力です。
 私の間違った信念を受け入れたこと、これが私の脱却プロセスの1つ目だったんですね。

プロセス2,脱却の象徴は禊(身削ぎ)
 しかし、もっときつい現実がその次に起こります。それが脱却の2つ目「禊(みそぎ)」です。「身削(みそ)ぎ」とも言います。私で言えば肉体的には手術ですね。
 肉体レベルでは「切って取る」という方法論なのですが、悪しき習慣の結果であるがん腫を切って身体の外に出す(摘出)という行為は私の中でがんのできる生き方との決別という意味でとても大事なことでした。
 手術による肉体的な痛みは、まさに身の痛みをもって決別するという意味で、手術という手技は重要だと思いました。
 最近の手術は縮小手術の方向ですが、これは確かに苦痛ないことは患者の利益に見えますが、私の場合は、手術の痛みが痛ければ痛い程、「無理な生き方」の抑止力となると思いました。
 その意味では手術は痛い方が価値があるのかもしれません。

プロセス3,正しい信念の構築
 次が脱却の3つ目で、こころの再建です。間違った信念から正しい信念の構築ですね。
 問題は「私はがんにはならない」という呪文。実はこの信念の場所(未知の窓)は、同時に患者さんを励まし大丈夫と言ってきた自分の信念の場所も同じ「未知の窓」だったことが分かったのです。これは衝撃的な気付きでした。つまり、「俺はがんにならない」はずの自分ががんと診断されたという事は、「お前の信念とは間違っている。所詮そんな程度なんだ」という事なのです。その結果どうなったか。手術が終わり一か月の療養後にクリニックへ戻った私は診察が出来なくなってしまったのです。患者さんと話ができない、大丈夫が言えない、笑顔になれない。そうです、自信がなくなってしまったのです。しばらくはこの現実の中、苦しい時間を過ごすことになりました。以前の鬱が復活した感じでした。怖い、どうしよう。そこで試案の挙句、私は心の中で、すべての思いを再確認することにしたのです。「その思いは本当か?」、以前の自分が感じた感情すら「本当か?」、と思うようにしたのです。患者さんへの励ましの思いや言葉がけも「それは本当か?」これが毎日の地道な作業となりました。私の中の当たり前を外す作業とも言えます。ジョハリの窓で言うと未知の窓から別のマトリックスへ移す作業でもあります。こうして自分の心の中で再確認するという作業が新たな思考法となったのです。
 殊の外この3つ目の脱却のプロセス「それは本当か?」は重要で新しい呪文として今も続いています。

私が行っている、間違った信念に陥らない方法
1,疑問を持つ習慣をつける→ 「それは本当か?」と考えるクセをつける。
2,反対意見にも聞く耳を持つ→ 自分と違う意見も否定せず聞くこと。
3,科学的な根拠を大事にする→ まずデータや証拠をもとに判断する。
4,「100%正しい」と思わない→ どんな考えもアップデートが必要。間違いである可能性はあると考え、柔軟に対応できる姿勢と余裕を持つ。

 私はこうして、間違った信念から脱却できたと思っています。

PAGE TOP

診療時間

診療時間 日•祝
09:00-12:00 open open open open open open close
17:00-19:00 open open close h_open open close close

※木曜日の午後は14:00〜17:00です。
※水・土曜日の午後は休診です。
※日曜日・祝祭日は休診です。

ご予約・お問合せ

0584-35-3335